「それを一生懸命追求すれば、すべての職業は偉大である」
−オリバー・ウェンデル・ホームズJr
(「ハーマンモデル」p159 ネッド・ハーマン著 東洋経済新報社)
およそ世の中の職業は、価値の交換が行われる。つまり、商品・サービスに対してお金が支払われる。
産業・消費の連鎖の中の一環であり、医者であれ、弁護士であれ、コンピュータであれ、はたまた、汚物やゴミ、人の排泄物を取り扱う清掃業であれ、連鎖の意味では同等のポジションである。
先日知人の経営者の会社を見学する機会があった。雑多な産業廃棄物を引き取り、仕分けするという中間処理をしている。汚物・危険物・植物等から新品の建材の使用しなくなったものまで、あらゆるものがゴミの山をなしている。5,6名の作業員の中に一人のうら若い女性と思われる作業員がいる。おっさんたちとは違う雰囲気なので、見学した人たちはオヤッと誰もが気がついたに違いない。
社長に聞くと、某国立大学の心理学部を出た新入社員で1ヶ月くらいこの仕分け作業するという研修を実施しているのだという。
給料はともかくとしても、とかくきれいな仕事を探してしまうのが、誰しもの思いに違いない。とくに、大学生なら大企業志向であり、きれいな仕事を希望するのが普通であろう。
心理学出身のこの若い新入社員の娘さんは何を思ってこの会社を選んだのだろう。いろいろ、彼女の思いを考えさせられた。
産業全体からみれば川下の仕事ではあるが、産業廃棄物処理業などは静脈産業とも言われ、考えてみれば社会の健全な状態を作るためには必要な仕事に違いない。
玉石混合であるならば、仕分けすることで、資源も集められることも確かである。
ゴミも、うまく分類処理すれば、資源産業ともなり得る。
技術を確立すれば、現に乾電池や電子部品から金の回収・資源化が行われているように可能性は無限にあると思われる。
この女性はこの廃棄物処理業を「一生懸命追求し、社会的意義ある偉大な産業となす」と思ったのかもしれない。
岡崎東公園、初夏
